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2013.04.22

[釜山ニュース]光復・南浦洞、釜山1番地の栄光復活

 釜山の旧繁華街が華麗に復活した。1990年代後半、釜山市庁舎の移転で沈滞していた街であったが、現在は流動人口が増え商圏に活気が帯びる等、昔の名声を取り戻した。 巨加大橋の開通で交通網が充実し、ユニークな祝祭や文化イベントが継続して開催され、新たなルネサンスを迎えた。

     (写真は、賑わう光復路)

 釜山の旧繁華街が華麗に復活した。釜山市と中区が旧繁華街の町興しとロッテデパート、KTX全線開通、巨加大橋開通、クリスマスツリー文化祭などで、連日、人の波が押し寄せている。

 釜山中区中央洞は、昔、釜山市庁舎を中心として繁華街が形成され、釜山の中心・象徴であった。6・25戦争時、大韓民国の臨時政府がおかれた場所で、援助物資を運ぶ荷役がおこなわれ自然に形成された「国際市場」、避難民が家を建て住み着いた山腹道路村など、近・現代史に歴史を残す地域である。終戦後、釜山市庁舎と警察庁など釜山の主要な機関が立地し、この繁華街は釜山の「明洞」として全盛期を誇った。
 
 しかし、1998年釜山市庁舎等、主要な機関が移転することにより繁華街は衰退していった。若者たちも西面へ、または海雲台へと移動した。釜山市は、この地域の復活のため特性を調査し新たな発展動力を創出する「旧繁華街復活」政策を推進した。 2006年民選4期出帆とともに碇を上げた「3大ニューフロンティア」政策の一つであった。

 釜山市はロッテデパートを始め、ジャガルチ市場の再開発や光復路を新たに誕生させた。 KTXが全線開通し、2010巨加大橋も開通した。光復路クリスマスツリー祝祭と釜山港 光の祝祭も、同地域の特性を調査し、祝祭も継続して行うことにより旧繁華街の経済復興を導いた。

     (光復路ツリー祝祭は、この一体の商圏を蘇らせた。)

 10余年にわたるこの取り組みは、旧繁華街の復活において期待以上の成果をもたらした。広域交通網が連結され、ロッテデパートが開店し、金海、昌原、巨済など、遠方からやってくるショッピング客が大きく伸びた。クリスマスツリー祝祭が開かれる12月から1月中旬までは、平日・週末は、ショッピング客でごった返している。ジャガルチ市場と周辺刺身店は売上げが大きく伸び、美容院・コーヒーショップも夜遅くまで盛況である。実際に昨年 12月から今年1月まで開催した第4回光復路クリスマスツリー祝祭には観光客450万人が訪れ、経済効果は1千600億W以上を記録した。

 旧繁華街が、日本植民地時代と独立、 朝鮮戦争等、韓国の近・現代史の中心であった点も大きい魅力である。大韓民国の臨時首都記念館、40階段文化館など、近・現代史の痕跡を残す名所なども人気である。避難民が集まった釜山山腹道路も全国的に有名である。代表的な甘川文化村は、昨年1年間の訪問者数は10万名に達し国内外観光客から人気を集め、新たな観光文化を作った。

 海雲台の華麗な摩天楼にその地位を譲った釜山の旧繁華街は、釜山1番地の名声を、もう一度取り戻そうとしている。


 ※ 筆:이용빈/写真:문진우 | ダイナミック釜山第1567 号 | 記事入力2013年03月06日(水)13:18

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